めんどうくさい乗り物が教えてくれること
『風の谷のナウシカ』のメーヴェや『紅の豚』の飛行艇など、スタジオジブリ作品には魅力的な空飛ぶ機械が数多く登場します。
宮崎駿監督が無類の飛行機好きであることは有名ですが、実は彼が描く地上の乗り物、特にオートバイやそれに類するオープンなビークルにも、彼独自の深い哲学が込められています。
今回ピックアップする名言は、ドキュメンタリー番組などで彼が口癖のように、しかし確信を持って語るこの言葉です。
引用元:https://castel.jp/p/8407/span>
アニメーション制作という、気の遠くなるような手作業を繰り返す中で発せられる言葉ですが、これは彼の乗り物に対する価値観にもそのまま当てはまります。
宮崎監督は、現代の快適すぎる自動車をエアコンの効いた動く個室と呼び、外界と遮断された移動手段に対して懐疑的な視点を持っています。
ボタン一つで動き、雨にも濡れず、汗もかかない。
便利さと引き換えに、人間は本来持っていた風や土の匂いを感じる野生の感覚を失っているのではないか。
そのような危惧があるからこそ、彼は作品の中で、あえて手のかかる、操縦が難しい、身体性が求められる乗り物を描くのです。
オートバイは、まさにその象徴です。
ヘルメットを被り、バランスを取り、全身で風を受け止めなければならない。
そのめんどうくささの中にこそ、生きている実感と、本当の意味での自由があるのだと、彼は作品を通じて語りかけています。
『魔女の宅急便』と『On Your Mark』。風になるための装置
宮崎作品において、バイク(あるいはバイク的な乗り物)は、閉塞した状況や管理された社会からの脱出と飛翔のメタファーとして機能します。
『魔女の宅急便』に登場する少年トンボは、人力飛行機という究極にめんどうくさい乗り物に情熱を注いでいます。
彼がキキをプロペラ付き自転車の後ろに乗せて海岸線を疾走するシーン。
二人は風に煽られ、大声を張り上げないと会話もできませんが、そこには空を飛ぶことへの憧れと、世界と直接つながっているという圧倒的な輝きがあります。
あのシーンの疾走感は、バイクツーリングで感じる高揚感そのものです。
また、短編作品『On Your Mark』では、管理された未来のディストピア社会から少女を救い出すために、警官たちがオープンな車両(アルファロメオとバイクを融合させたようなビークル)で走り抜ける姿が描かれています。
トンネルを抜け、陽の光を浴びて風を切り裂く彼らの姿。
システムに守られた安全な個室から飛び出し、リスクを背負ってでも風の中へ身を投じること。
それこそが、宮崎監督の描く自由の姿なのです。
不便を愛するライダーたちへの賛歌
大事なものは大抵めんどうくさい。
この言葉は、現代においてあえてバイクという乗り物を選ぶライダーたちの心に、深く響くのではないでしょうか。
夏は暑く、冬は寒く、雨が降れば濡れる。荷物も積めないし、転べば痛い。
合理的に考えればめんどうくさいことだらけです。
しかし、その不便さを引き受け、手間をかけてマシンと対話し、自分の体ひとつで環境と向き合うからこそ、車では決して味わえない感動や風景に出会うことができます。
宮崎監督が描くキャラクターたちが、泥だらけになりながらも生き生きと乗り物を操るように。
便利さの中に埋没せず、自分の手と足で人生をコントロールしようとする意志。
バイクに乗るという行為は、宮崎駿が大切にしている人間らしく生きるための儀式を、日常の中で実践することなのかもしれません。
